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沖縄本島中北部にある市。
2000年に行われた九州・沖縄サミット(G8主要国首脳会議)の開催地としても話題を集める。
また、北海道日本ハムファイターズの春期キャンプの場所としても有名。
60,592人、男性30,294人、女性30,298人(平成22年11月30日現在)で県内第6位。
210.33平方キロメートルで、県内第3位。
本部町、今帰仁村、大宜味村、東村、宜野座村、恩納村
市長 稲嶺進
〒905-0014 沖縄県名護市港1丁目1-1
0980-53-1212 庁舎は1981年第33回日本建築学会賞作品賞を受賞。
その独特な建物は、外気を建物内部に取り込み冷房なしでも涼しく考えられて設計されており、沖縄各地で同じような発想に基づいて自然換気を生かした住宅が建てられた。
但し、市によれば「庁舎に来訪する市民からの要望」もあって、現在では冷房を使用している。
徳田球一(政治家)
黒木メイサ(女優)
パッション屋良(芸人)
大城ゆか(漫画家)
上原典子(元アナウンサー)
諸見里しのぶ(プロゴルファー)
宮城与徳(画家)
那覇市では約32000年前の遺跡が見つかっているが、名護市では屋我の墨屋原(スミヤバル)で見つかった約4500年前の遺跡が現存する最古の遺跡となる。
14世紀頃から、今帰仁城を中心に栄えた北山の一部となる。この頃から中国との貿易が初まる。
北山が滅びた後、琉球王国の支配下に入るが、1609年の島津藩の侵入に伴い名護、羽地などの集落としての元ができる。
明治以後、那覇からの輸送や人員の移動の中継地として栄え、現在の商店街の原型ができる。
大正13年名護村から名護町へと変わる。
昭和20年3月後半、それまで目覚ましく発展を遂げてきた名護の町は、米軍の大空襲により灰燼と帰す。
戦後、区画整備事業として現在の名護市の骨格が作られ、オリオンビール、琉球セメント、北部製糖、経済連パイン工場など、近代的な大工場の立地が進む。
また市街地や幹線道路沿いには各種商店や事業所が立ち並ぶようになった。
昭和45年8月1日、名護町・羽地村・久志村・屋部村・屋我地村の5町村が合併し、県下9番目の市として名護市が誕生。
昭和50年には、復帰記念事業の沖縄海洋博覧会が開催され、石川~許田間に沖縄自動車道が開通。
昭和54年から北海道日本ハムファイターズが名護市で春季キャンプを開催する。
平成に入り、北部看護学校や名桜大学、国立沖縄工業高等専門学校などができ、現在教育の町としても脚光を浴びている。


































































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